2005年 08月 23日
大事な人とのお別れ |
夏休みの疲労感いっぱいのところに、飛び込んできた2つの電話。
ひとつは、叔母が危篤だという知らせ。
そして、幼なじみのお父様が、亡くなられたという知らせ。
感情がほとんど反応せず、くたびれた体だけでなく 心までも1度に麻痺したような感覚を覚えました。
二人は、同じ日に逝ってしまいました。
叔母も、そしておじさんも、私が生まれた頃からずっと知っていてくれた方たち。
自分は成長していても、周りにいてくれる大人が年老いてきているという事実をほとんど忘れて生活している自分に改めて気がつきました。
よく考えれば、私が一番よく覚えている頃の二人は、今の私の年齢と同じくらいだったに違いありません。遠くに居て一人で闘病生活を送っていた叔母も、最後はこちらに引き上げてきて、実家の両親が面倒をみようと言っていたのですが、それもかなわず、本当にあっけなく逝ってしまいました。本人もこんなに早く逝ってしまうとは思っていなかったのだと思わせる事柄がいくつもあり、5年前の末の妹の結婚式で会ったのが最後だったことが、急に悔やまれました。
急遽、叔母のもとへ飛んだ両親が会ったのは、亡くなるほんの1時間前の叔母だったようです。いろいろな手続きを終えて、全てのものに整理をつけて、夕べ両親は帰宅しました。私からの手紙は、全部とってあったと聞かされて、急に悲しくなってしまいました。
今朝、おじさんのところには、両親と一緒にお悔やみに伺ってきました。いろんな話を横で聞きながら、そろそろ自分のところに、誰かをお世話する順番が回ってきつつあるんだなぁとしみじみと感じたのでした。ペースメーカーを入れている父にも、本当に病気知らずで元気良く走りまわっている母にも、まだまだ長生きしてもらいたいものだと思ったこの数日でした。
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そして、幼なじみのお父様が、亡くなられたという知らせ。
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二人は、同じ日に逝ってしまいました。
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自分は成長していても、周りにいてくれる大人が年老いてきているという事実をほとんど忘れて生活している自分に改めて気がつきました。
よく考えれば、私が一番よく覚えている頃の二人は、今の私の年齢と同じくらいだったに違いありません。遠くに居て一人で闘病生活を送っていた叔母も、最後はこちらに引き上げてきて、実家の両親が面倒をみようと言っていたのですが、それもかなわず、本当にあっけなく逝ってしまいました。本人もこんなに早く逝ってしまうとは思っていなかったのだと思わせる事柄がいくつもあり、5年前の末の妹の結婚式で会ったのが最後だったことが、急に悔やまれました。
急遽、叔母のもとへ飛んだ両親が会ったのは、亡くなるほんの1時間前の叔母だったようです。いろいろな手続きを終えて、全てのものに整理をつけて、夕べ両親は帰宅しました。私からの手紙は、全部とってあったと聞かされて、急に悲しくなってしまいました。
今朝、おじさんのところには、両親と一緒にお悔やみに伺ってきました。いろんな話を横で聞きながら、そろそろ自分のところに、誰かをお世話する順番が回ってきつつあるんだなぁとしみじみと感じたのでした。ペースメーカーを入れている父にも、本当に病気知らずで元気良く走りまわっている母にも、まだまだ長生きしてもらいたいものだと思ったこの数日でした。
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by Mew5746
| 2005-08-23 14:26
| そのほかのこと